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Re: 零戦の銘板上の「製造番号」について

 投稿者:ケンジ  投稿日:2017年 3月21日(火)23時07分55秒
返信・引用
  > No.9475[元記事へ]

A6M232さんへのお返事です。

大きな部品が機体の製造番号と近いというのは、多分そうだと思います。
ただ4316の様にかなり違った番号が入っているものがあるので、三菱は番号の振り方に違うルールがあったのかもしれません。
胴体第7隔壁の銘板は、三菱の場合、部品としての製造番号でなく機体の製造番号をあえて入れている様に感じます。これは52型の4007号機もそうでした。
中島は、部品としての製造番号をいれているのだと思います。
 

Re: 零戦の銘板上の「製造番号」について

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2017年 3月20日(月)20時47分43秒
返信・引用
  > No.9473[元記事へ]

ケンジさん

ステンシルは三菱4316号カウリング以外残存していない機体でしたね。
ありがとうございます。

三菱は下請けで製造でしたでしょうか?
 

Re: 零戦の銘板上の「製造番号」について

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2017年 3月20日(月)20時27分48秒
返信・引用
  > No.9473[元記事へ]

ケンジさん

うわ~!やっぱり勇み足過ぎでしたね( ̄▽ ̄;)
私の推測全くダメですか?(^^)
ご意見頂ければ幸いです。

しかし写真に興味深々です。
この機体の第七隔壁前後の銘板は判明していますか?
またこの銘板の前のステンシルが気になります。

 

Re: 零戦の銘板上の「製造番号」について

 投稿者:ケンジ  投稿日:2017年 3月20日(月)16時28分44秒
返信・引用
  > No.9472[元記事へ]

ご参考までに添付は、三菱52型4316号機の水平安定板の銘板です。
この製造番号は229*となっています。

 

Re: 零戦の銘板上の「製造番号」について

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2017年 3月20日(月)15時54分36秒
返信・引用
  > No.9471[元記事へ]

Zero22さん

各部品の製造番号かと思われますが、三菱機の一時期の様に機体番号と同番号の例もあります。
しかしこの部品は中島製の水平尾翼部品であり、他の中島水平尾翼例を見ても全てずれており同番号の物を見たことがありません。(本来この銘板の機首側にステンシルで製造所と機体番号が書かれているので判別できる)

あくまでも推測ですが、当初は機体番号と同じだったものが、二式水戦等の製造との兼ね合いで、水戦が予定していた生産数より少なくなりズレて行ってしまった、もしくはそもそもの製造段階の不良機体との兼ね合いでズレて行ってしまったのかもしれません。
この様に考えるのは中島の製造番号偽装付与例と合致する事と、機体製造番号と数百番ではありますがズレの範囲で収まっているからです。
また、中島は先行されて製造分の部品銘板が後の機体に流用装着されたことが、陸上機に対して水戦の銘板が「二式水上」の部分を黒塗りで消されて使用されていることから判ります。(他型式表記が変わっても、銘板そのまま使用等も)

現時点では三菱の22以降でしか同番号は確認できていませんが、以上の件はあくまでも私の推測でしかありません。(名航の機体も同番号の部品銘板が確認されています)
 

零戦の銘板上の「製造番号」について

 投稿者:Zero22メール  投稿日:2017年 3月20日(月)05時16分21秒
返信・引用
  知人より銘板上の「製造番号」に就いて、質問があり、小生は専門的知識が無く明確にお答えすることが出来ません。詳しい方は是非共ご教示願います。宜しくお願い致します。
質問内容は下記の通りです。
零戦の銘板上の「製造番号」は機体番号の製造番号と同じ番号で、全ての部品は同じ番号になっているのでしょうか?あくまで、各部品の製造番号でしょうか?
 

Re: 灰緑色

 投稿者:tg540  投稿日:2017年 3月 1日(水)20時22分57秒
返信・引用
  > No.9468[元記事へ]

> 他は全て例の黄土色までいかない灰色です

このあたりは、学研「飛燕・五式戦」でくどく書かれていますが、その考え方でいいと考えています。
内部色は、中期灰色、末期黄緑。黄土色は、灰色が土色(飴色ですね)に、黄緑が褪色して茶色に。ただ、よくわからないのが、内部色でなぜ灰色を使いだしたのか、塗料が余っていたんですかね?
 

Re: 灰緑色

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2017年 2月28日(火)22時46分17秒
返信・引用 編集済
  > No.9467[元記事へ]

>復元飛燕の日章の赤・翼前縁の黄・プロペラの茶色は、博物館に残っている機体の塗料を分析して調合・・・

これは三沢の一式双発高錬からだと思います。
MA誌に同じT氏の話で、日の丸はそれを参考に調合したと、そして所沢航空発祥記念館所蔵の八八式偵察機の胴体日の丸の羽布と合致したと書いてあります。
そもそも日の丸の赤は一社のみの納品ですよね?

余談で、飛燕17号機の翼端「のみ」内部色は灰藍色です。
他は全て例の黄土色までいかない灰色です、人によっては黄土色というかもしれませんがタミヤの様なプラモ並みの強さではないですね。(「のみ」と書きましたが、極一部の数センチの板材で灰藍色が後部胴体内で確認できましたが)
屠龍も内部は黄土色までは行かないですが、それに近い灰色も多いので困ります( ̄▽ ̄;)
勿論機体各部分を沢山みると変色故と判りますが、確定的な所は知りたいです(;^_^A
そして一部(部分特定できず)灰藍色が使用されている事を現物にて確認しています。


想像ですが事情があり旧指定色のままで塗って納めていた下請け部品か、旧指定色時期に数が多く先行されて製造されていた部品が付けられたかと?
私の全くの想像ですが旧指定色時期製造部品と考えていますが(^-^;

製造会社により下塗りと内部色の傾向が判りますね、疾風は淡青色透明塗料系の下塗りが操縦席内部に残っていますし、飛燕1型には灰藍色とか・・・(^-^)
 

Re: 灰緑色

 投稿者:tg540  投稿日:2017年 2月28日(火)10時41分37秒
返信・引用 編集済
  > No.9466[元記事へ]

機体内部色は、模型誌でよく見る変な土色ではなく、時期こそ違っていますが下記の納品リストの通りですね。
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_C04121738300?IS_KEY_S1=%E9%99%B8%E8%BB%8D%E3%80%80%E5%A1%97%E6%96%99%E3%80%80%E8%88%AA%E7%A9%BA%E5%BB%A0&IS_KIND=detail&IS_STYLE=default&IS_TAG_S1=InD&

発売中の雑誌モデルアートは復元飛燕とプラモの飛燕の特集で、川重の方の談話が載っています。その中で、復元飛燕の日章の赤・翼前縁の黄・プロペラの茶色は、博物館に残っている機体の塗料を分析して調色したと話されています。何を参考にされたかご存知ですか?
 

Re: 灰緑色

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2017年 2月27日(月)23時37分13秒
返信・引用 編集済
  > No.9465[元記事へ]

tg540さんへのお返事です。

>ただの灰色です。

同意(;^_^A
添付は全て同一機体の欠片「二式複座戦闘機「屠龍」丙[キ45改丙]機体番号4065」
2枚目は後席の機内で確認できた色です(^-^;
 

灰緑色

 投稿者:tg540  投稿日:2017年 2月25日(土)17時10分8秒
返信・引用
  旧陸軍機の灰緑色がほんとうに緑色がかっていたのか、以前から疑問に思っていました。根拠は全くありません。緑色なら黄色、できれば青の顔料が含まれているはずです。
画像は飛行機ではありません。旧陸軍航空写真機です。永らく木箱の中に入っていたので劣化の程度は少ないと思います。見た目にはただの灰色です。
 

Re: 川重飛燕の謎

 投稿者:seraメール  投稿日:2017年 2月12日(日)08時19分57秒
返信・引用
  > No.9463[元記事へ]

軽さんへのお返事です。

こちらこそ貴重な情報ありがとうございました。
お陰様で左計器盤におけるスイッチの有無について納得できました。
零戦の計器盤に比べて、飛燕の計器盤は情報が限られています。
来年春の機体公開に向けて、さらに議論が深まる事を願っています。

http://http://blogs.yahoo.co.jp/sakaisouga

 

Re: 川重飛燕の謎

 投稿者:  投稿日:2017年 2月11日(土)03時13分10秒
返信・引用 編集済
  > No.9459[元記事へ]

seraさんへのお返事です。

Sera様

情報ありがとうございます。

>しかし、使い勝手からすれば、本来の大気温度計の真下にスイッチがあるのが妥当であり、
>私は中央計器盤と左計器盤にそれぞれスイッチが存在していたと理解しています。
>中央計器盤のスイッチは、何等かの別な用途のスイッチではないかと考えます。

「TONY-Cockpit Diagram」(Informational Intelligence Summary No.44-20,30 June 1944)には、
左計器盤の計器「FREE AIR TEMP」の下の「ON-OFF FREE AIR TEMP SWITCH」と共に
中央計器盤左の謎のON-OFFスイッチも図示されていますので、両方存在していた点は間違いありません。
ただし、中央計器盤のON-OFFスイッチは単に「SWITCH」と説明されているだけで、用途は不明です。
「TONY-Cockpit Diagram」は、米軍の飛行試験に供された263号機のものではないか、と思うのですが、
中央計器盤のスイッチは、飛ばすには不要な、特別な用途のものだったのかもしれません。

Ki61 Tony 263で検索すると、多数の画像が出てきます。
JAPANESE AIRCRAFT INTERIORS 1940-1945から転載するのは気が引けるので、
そんな著作権無視サイトから、コクピット写真を添付します。
ttp://alternathistory.com/ispytano-v-ssha-istrebitel-kawasaki-ki-61-ia-hien
後付けのスイッチに見えますが、JAPANESE AIRCRAFT INTERIORS 1940-1945の鮮明な写真で
米軍が付けたスイッチではないことは判ります。

やはり、6117号機に大気温度計が付いていたならば、その下にスイッチがあるはずで、
川重が
>本来左側計器板に取り付けられていたが、何らかの意図をもって、中央計器板旋回計と速度計の間に設置している。
の説を取ったとしても、スイッチは存在すべきで、
全くスイッチのないレプリカ計器盤は、他の部分が素晴らしいので、画竜点睛を欠くとまでは言いませんが、
取説さえ見ていてくれれば・・・と残念でなりません。

>実は神戸の内覧会で、驚きの写真が公開されていました。
>17号機の中央計器盤の下部四連メーターが、一型と同じ配置だったのです。(メンテナンスの為に蝶番が取り付けられていますが)
>この事実によって左計器盤が一型の配列の要素を否定できないと考えたのではないでしょうか。

私は神戸には行けなかったのですが、
行った方々のブログでパネル記事も見ることができ、その写真は見ました。
考えてみれば、6117号機の製造は、1型丁の製造時期でもあり、
2型試作機ではありますが、後の五式戦との類似性よりも、1型との類似点が多いのは、
その通りかもしれません。
飛燕/五式戦については、細部の情報は、現存機・部品の多い初期の1型と五式戦から得られるものが多いので、
中間の情報の整理が課題です。

零戦掲示板で飛燕ネタで長文投稿すいません。
 

Re: 川重飛燕の謎

 投稿者:seraメール  投稿日:2017年 2月 8日(水)14時20分52秒
返信・引用 編集済
  > No.9457[元記事へ]

さて、次は飛燕二型の左計器盤です。

まず、今回の川崎重工さんが復元された計器盤が、とても素晴らしい完成度であると申し上げたいと思います。
私も「飛燕一型乙」の計器盤を計器を収集し始めて10年後にやっと形にしたことを考えれば、短期間でよくここまで完成させたと感心することしきりです。

神戸の展示会で、計器盤製作に関する説明パネルが掲示されており、その中にオリジナルの極部分的な計器盤写真が展示されておりました。

その掲示写真から、中央計器盤と右計器盤は、17号機の部分的な写真が現存しているようです。しかし、左計器盤の写真は全く残されてはおらず、川崎重工さんの左計器盤の復元作業は、相当な困難であったろうと思います。

私が知り得た、現在残されている二型の資料としては、
    1.JAPANESE AIRCRAFT INTERIORS (以下JAI本)に提示されている計器配列図。
    2.二型の試作機と思われる不鮮明な写真。
    3.イギリスに現存する五式戦の機体。
    4.知覧で展示されていた時のオリジナル度がゼロの複製計器盤。

川崎重工は、イギリスに行って五式戦の調査をしたとの事ですが、五式戦の計器盤はオリジナルの面影を残しているものの、基本的には出来の悪い複製品です。

二型については最も信頼のおけるJAI本ですら、情報が限られています。
それぞれの資料における、左計器盤の計器配置を比較して見ますと、

    1.JAI本       「吸入圧力計」と、「回転計」。
    2.二型試作機     「吸入圧力計」と、「回転計」と、「?」(大気温度計ではなく圧力計)
    3.イギリス五式戦   「吸入圧力計」と、「回転計」と、「Vacuum Presuure Gauge」
    4.知覧当時 17号機  「吸入圧力計」(表示文字はブースト圧力計)と、「回転計」。

つまり、私が確認出来た資料の中では、二型の左計器盤に「大気温度計」が取付けられていた資料がありません。
もちろん、川崎重工が未公開の資料を所有している可能性がありますので、断定は出来ません。

未知の二型左計器盤はどの様な計器配置だったのか、謎は深まります。
実は神戸の内覧会で、驚きの写真が公開されていました。

17号機の中央計器盤の下部四連メーターが、一型と同じ配置だったのです。(メンテナンスの為に蝶番が取り付けられていますが)
この事実によって左計器盤が一型の配列の要素を否定できないと考えたのではないでしょうか。

そのことから、左計器盤を一型と二型の折衷案とし、二型用の始動用押釦を取り付け、さらに本来二型には取り付けられていない大気温度計を取り付けた為、スペースが無くなり、本来セットで存在していなければならないON-OFFスイッチが無い形で復元されたのではと考えられるのです。

やはり、大気温度計とON-OFFスイッチはペアーであるべきと思います。

これは、ど素人の推理であり、全くの思い込みですので、笑い飛ばして下さい。


※添付写真は、昔 知覧の担当者にお願いして送って頂いた、全てが米国計器の17号機の計器盤です。
 一見お粗末な複製と思われるかもしれませんが、右計器盤の小部品にオリジナルが使用されてこる事と、
 中央計器盤下部の4連メーターの形状がオリジナルの17号機写真とピッタリ合致している事から、
 製作時に残骸が存在していた可能性があり、左計器盤の計器配列に関しては意外とビンゴかもしれません。

http://blogs.yahoo.co.jp/sakaisouga

 

Re: 川重飛燕の謎

 投稿者:seraメール  投稿日:2017年 2月 8日(水)12時09分2秒
返信・引用 編集済
  > No.9457[元記事へ]

軽さんへのお返事です。  謎という言葉に思わず反応してしまいました。

零戦計器盤の板ですので、飛燕に関する軽さんの質問に回答される方が、いまのところ無いようですので、
ど素人の私が書き込みさせて頂きます。
添付されている2枚の写真を所有されていることからして、計さんは相当詳しい「飛燕」の研究家と思われます。ご笑覧下さい。

今回、乏しい知識で書き込みさせて頂くのは「大気温度計のON-OFFスイッチ」についてです。
まず、飛燕左計器盤を一型とニ型に分けて、一型のコメントをさせて頂きたいと思います。
JAPANESE AIRCRAFT INTERIORS 1940-1945(以下JAI本)の写真は、右側計器盤の燃料計が垂直に取り付けられている事や、機体の外観写真がマウザー砲ではないことから、この計器盤写真は「一型甲」や「一型丙」ではなく、「一型乙」と考えられます。

私が所有しておりますニューギニアのウエワクで回収された「一型甲」の左計器盤のオリジナルパネルの添付写真と、この、JAI本の「一型乙」の計器盤配置が全く同一配置であることから、一型は甲から丙まではこの配置であったと考えられます。

所有している「一型甲」の左パネルは破断しているものの、大気温度計の下部にスイッチ取付用の抜き孔があります。
従って、JAI本の写真のスイッチ部は、席房灯が本スイッチの正面にぶら下がっていて、隠れていますが、間違いなくスイッチが存在しているものと考えます。
それは、軽さんが示された「電気回路図」に合致するものです。

ただし、この写真の中央計器盤左側に謎のスイッチが取り付けられています。
「船津航空計器博物館」のHPによれば、本来左側計器板に取り付けられていたが、何らかの意図をもって、中央計器板旋回計と速度計の間に設置している。
としており、この中央計器盤のスイッチが大気温度計のスイッチだとすれば、当然左計器盤にはスイッチが無いことになります。

しかし、使い勝手からすれば、本来の大気温度計の真下にスイッチがあるのが妥当であり、私は中央計器盤と左計器盤にそれぞれスイッチが存在していたと理解しています。
中央計器盤のスイッチは、何等かの別な用途のスイッチではないかと考えます。


別件ですが、初期に生産された一型甲の尾輪は、ウィキペディアによれば、
一型乙の説明文の中に、「引き込み式だった尾輪は生産性向上の為、途中から固定式に改められた」とあります。
しかしながら、私の所有している「一型甲」の右パネル、
正しくは、酸素吸入器が右計器盤に取り付けられていた痕跡があるものの、取り外されて銘板に置き換えられていることから現地改造の「一型甲改」と考えられるパネルの、尾輪警告灯部分の抜き孔は、工場出荷レベルで取り付けられていたと考えられる目隠板が取り付けられています。

このことから、一型甲の初期型は、初期設計では尾輪が引込みだったものが、なんらかの技術的な事情により、固定式だったと推測できます。

参考として、私が当時の計器を使用して複製した「飛燕一型乙」の写真を添付します。

http://blogs.yahoo.co.jp/sakaisouga

 

川重飛燕の謎

 投稿者:  投稿日:2017年 2月 5日(日)22時54分9秒
返信・引用
  川重が作った飛燕6117号機用レプリカ部品について、
疑問点があるので、皆さんの、お知恵を拝借したく。

コクピット左計器盤には、1型にならい、大気温度計が装備されていますが、
その下にあるべき、大気温度計のON-OFFスイッチがありません。
飛燕取説の電気回路図にあるように、本計器にはスイッチが必須のはずです。
スイッチ無しで成立するのでしょうか?
飛燕取説の計器盤には、スイッチの名称・用途の記載がありませんが、
鹵獲された1型をスケッチしたと思われる「TONY-Cockpit Diagram」
(Informational Intelligence Summary No.44-20,30 June 1944)には、
計器「FREE AIR TEMP」の下のスイッチについて
「ON-OFF FREE AIR TEMP SWITCH」と記されています。
本図を転載した海外の資料のコピーを持っているのですが、著作権上
ここへの掲載は見合わせます。
なお、JAPANESE AIRCRAFT INTERIORS 1940-1945に同一機と思われる
コクピット写真がありますが、席房灯が本スイッチの正面にぶら下がっていて、
計器盤のスイッチ部を隠してしまっており、
写真では本スイッチが、有るとも無いともいえないのが残念です。

次に配電盤です。
川重は、配電盤レプリカを製作する際、
各務原航空宇宙科学博物館所蔵の五式戦(あるいは三式戦)配電盤を
参考にしたようです。
(現在は、同館はリニューアル工事で休館中のため見れません)
両者は、機器配置等が全く同一です。今回の飛燕6117号機には
編隊灯が装備されているので、編隊灯の輝度調節つまみがある博物館配電盤を
基にすることは理解できます。

ただ、博物館配電盤には、A6M232さんの編隊指揮信号装置と同様な
畜光式のプラスチック(と思われる)銘鈑が付いているのですが、
川重は、筐体表面色を博物館の黄緑7号でなく、黒としたとのと同時に、
プラスチック銘鈑のデザイン・字体を、
そのまま黒色・白色化してしまったようで、
黒のべた塗りに白文字の銘鈑になっており、「コレジャナイ」感が漂ってます。
(配電盤レプリカの写真はWikiから転載させていただきました)

JAPANESE AIRCRAFT INTERIORS 1940-1945には、
1型の配電盤の銘鈑が一部確認できますが
銀(無塗装?)縁付きの黒地に銀文字の普通の金属銘鈑です。
川重はレプリカ製作にあたり、
黄緑7号採用前の6117号機の製造時期に合わせ、筐体を黒色にしたと推定され、
銘鈑も変えたようですが、なぜ普通の金属銘鈑でないのでしょう?
そもそも、川重レプリカのような銘鈑はあったのでしょうか?
また畜光式の銘鈑は、いつごろから使用されていて、
6117号機製造時には、無かったのでしょうか。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kawasaki_Ki-61_Hien-II-Kai_Panel_board(Replica_model)_at_Kobe_Port_Terminal_October_23,_2016_01.jpg

 

『丸』3月号

 投稿者:えぬ氏もわるよのぉ  投稿日:2017年 2月 3日(金)05時21分48秒
返信・引用
  今月の特集の61式戦車には少し思い入れがあります。映画『戦国自衛隊』に出てきたのが印象に残っているからです。もっともあれは本物ではなく撮影用のレプリカですが。

栄エンジンのノイズの話は興味深かったです。
日本の機上無線機はノイズが多くて使い物にならなかったと言いますが、鹵獲品を調査した米軍のリポートでは「優秀な設計」と、けっこう高く評価していたのが意外でした。やはりエンジンのアースの取り方がまずかったのですね。
 

Re: FIGHTER SQUADRON (1948) WW2 Film

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2017年 1月21日(土)15時21分27秒
返信・引用
  > No.9451[元記事へ]

tg540さん

羨ましすぎる程の戦勝国の動画ですね(^^;)
現役当時の機体が素晴らしすぎます(^-^)
反面よく知った地上銃撃の映像が出てきて悲しい( ノД`)シクシク…
 

Re: FIGHTER SQUADRON (1948) WW2 Film

 投稿者:tg540  投稿日:2017年 1月21日(土)11時31分35秒
返信・引用
  > No.9452[元記事へ]

雑誌丸のグラビアにガンカメラに捉えられた日本機がよく掲載されていますが、ガンカメラなのにモノクロでないことに感じ入りました。
 

Re: FIGHTER SQUADRON (1948) WW2 Film

 投稿者:上海JP  投稿日:2017年 1月20日(金)20時05分44秒
返信・引用
  > No.9451[元記事へ]

tg540さんへのお返事です。

> Youtubeには古い航空洋画がアップされています。下記の映画では、P-51がドイツ機に化けていますが、1時間13分ぐらいの地上攻撃シーンではドイツ機ではなく彗星・陸攻が出てきました。

すごいですね。
厚木ですかね?

見たことがない映像が多いです…
鉄道のシーンも多くは日本のものですね。
 

FIGHTER SQUADRON (1948) WW2 Film

 投稿者:tg540  投稿日:2017年 1月19日(木)19時00分1秒
返信・引用 編集済
  Youtubeには古い航空洋画がアップされています。下記の映画では、P-51がドイツ機に化けていますが、1時間13分ぐらいの地上攻撃シーンではドイツ機ではなく彗星・陸攻が出てきました。
https://www.youtube.com/watch?v=T7vhzevWwSU
 

明けましておめでとうございます

 投稿者:ケンジ  投稿日:2017年 1月 1日(日)15時40分7秒
返信・引用
  今年もよろしくお願いします。

POFの栄は、銘板を止めていたピンだけ残っています。
誉もそうですが、銘板を止めて浮彫にしたのは、工数削減だと考えていますが、裏付けはまだありません。(^^;
 

謹賀新年

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2017年 1月 1日(日)15時08分23秒
返信・引用
  皆々様、今年も宜しくお願い致します。

にゃんきちさん、またレアなものお持ちですね(^-^)
私は艦材で作られた三笠の小さな置物を持っています。
 

謹賀新年

 投稿者:にゃんきち  投稿日:2017年 1月 1日(日)09時47分30秒
返信・引用
  旧年中は、ご交誼にあずかり、誠にありがとうございました。
今年もご指導、ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

 >えぬ氏もわるよのぉさん
丸はまだ見ていないのですが、別冊付録で戦艦三笠ですか。
若い時分に行ったきりですが、当時は人気がなく、休日でも誰も
居なかった記憶があります。
今は艦コレ等で入場者は多いと聞きますが。

 >A6M232さん
さすがですね。
確かにミケッシュ本を確認しようかな、とは思ったのですが
私では探せなかったと思います。執念の勝利ですね。
操縦席天井のインパネにあったとは。
若干スイッチ類に変更(陸軍スイッチ及び配置)が
あるものの、ココに置かれていたということが良く
判ります。これでフルフェザースイッチも納得です。


【おまけ】
三笠のKC(クルップ)鋼繋がりで52型乙以降に艤装された防弾鋼板の
ハナシをばと思いましたが、資料探せず...。

本当にオマケとなりますが、四十口径安式六吋砲の砲架台のプレートです
(ブラス製で大きくて重いです)
明治32年製ですから国産ではなく、英国アームストロング社から
直輸入された砲の砲塔に張られていました。
四十口径安式六吋砲は戦艦 「三笠」 を始め当時の戦艦・巡洋艦の
副砲として搭載されています。

 

『丸』2月号

 投稿者:えぬ氏もわるよのぉ  投稿日:2016年12月31日(土)13時26分48秒
返信・引用
  減速室の「サカエ」表記がいくつも種類があるのが以前から疑問でしたけど、はじめは銘板を取り付けるようにしていたのを工作簡易化のために一体鋳造にしたということなんでしょうかね?
61-120の銘板は遺っているのでしょうか。スピンナーの陰に隠れて、どうもよくわかりません。

別冊付録の『戦艦「三笠」&「大和」』も、通常の見学では見られない三笠の下甲板以下の写真が興味深かったです。
日本元気劇場の三笠のセットも、まだあるのですね。あれは今後どうなっちゃうのでしょう。もし解体ということにでもなったら、使えるパーツはオリジナルの三笠に移植出来たらなとも思います。現在の三笠は失われたパーツも多いですから。


 

編隊指揮信号器

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2016年12月27日(火)10時57分42秒
返信・引用 編集済
  http://ansqn.warbirds.jp/ansq01.cgi
現在上記アドレスの「Ans.Q」記事No1231にて頼らせて頂いております。

まず青と緑は同義と考えてよい事が判りました。

次にキ67の該当機器はプロペラ制御まで付属していないことが、”Japanese_Aircraft_Interiors”P93で恐らく同じ様な機器が天井フレームにあることが確認でき、続くP94でも該当部の機器が短い事が確認できた事により判りました。
キ67の配列は「長方形の板に丸穴縦に3つの点灯部分」が機尾側にあり、機首方向に続く「赤・白・青の入出ボタンスイッチ」までは私の物と同じで、その後は左右スイッチ?で終わりますので、キ67プロペラ系統回路図で確認できた事と符合します。

勿論キ67が末期で私のタイプになっていれば違いますが、現時点でとなると、キ74の天井機器配置図か写真が存在すれば確認できそうで期待できます
 

Re: 爆撃ノ要諦ハ長機カラ目ヲ離サヌニアリ

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2016年12月26日(月)23時24分9秒
返信・引用
  にゃんきちさん、再度ありがとうございます。

「キ67取扱参考(昭和18年5月)」
https://ja.scribd.com/…/Mitsubishi-KI-67-Hiryu-Aircraft-Ser…
同じ図が8-04 8-69 8-70と確認できます。
操縦席上部の操作盤が見てみたいですが、プロペラの配線図を見ると手動・断・恒速がないのですね・・・

となるとキ74の編隊指揮信号機の色と順番が「緑・白・赤」ならば絞れそうです。
勝手で贅沢な思いですがキ74の取扱参考書で確認してみたいところです。
 

Re: 爆撃ノ要諦ハ長機カラ目ヲ離サヌニアリ

 投稿者:にゃんきち  投稿日:2016年12月25日(日)11時03分14秒
返信・引用
  > No.9442[元記事へ]

いや、また間違えましたね。
百式については、九七式と同じ手動タイプ、
かつ、編隊指揮信号灯は赤・黄・青でしたね。

電気起倒式を採用した四式重爆用の編隊指揮信号灯は
赤・白・青ですし、VDM定速4翅ですから
四式重爆用でしょうか。

また、キ-74と言えば高高度(偵察)爆撃機で
すから、編隊指揮信号灯が付いていたかどうか。
三菱の金星ル付発動機(排気タービン付)が
凄いですよね。


【いつものオマケ】
排気タービンのハナシが出たので、
排気タービン駆動過給器管制装置説明書について
紹介です。1944年。海軍の整備部隊で作成された
ものです。

排気タービン過給機(ターボチャージャー)は
日本では実機への搭載が遅れ、主には
高高度迎撃戦闘機用として開発進められており
ました。

実戦部隊には少数ですが雷電三二型改へ
火星二三型乙発動機に搭載されました。
以下、操作について説明書から解説します。

まず、形式としては集合排気管を取り回した後、
第一段として排気圧でターボチャージャーの
タービン(インペラー)を駆動し、その後、
中間冷却器(インタークーラー)で圧縮空気を
冷却した後、通常の発動機内の
機械式スーパーチャージャーで
混合気を圧縮する前一段、後一段二速の
二段過給機の形式となっています。

実際の操縦席での排気タービンの操作は、
3本のレバーで行います。

まず、所定の高度までは従来の過給機に任せ、
従来の空気取り入れ口から空気を取り入れ、
混合機のミクスチャの操作も通常通りの
レバー・手順で行われます。

所定の高度以上になったら、レバー1(操縦席
右側に増設)を引いて、通常のキャブレターからの
吸気から、排気タービン過給器からの圧縮空気に
切り替えます。なお、この際、キャブの吸気口では
無く、発動機後方上部にある排気タービン専用の
吸気口となります。

その後、自動と手動の切り替えが
出来るスロットルに似たレバー2を使用し、
自動の位置へと動かします。
自動に切り替えた場合には、どのような高度でも
一定の圧力を保つようにタービン(インペラー)の
回転数をオイルの力で自動調整してくれる装置が
調節してくれます。

動作については、切り替えで不足した吸入圧力を
補うために脇路弁が閉鎖方向に動き、脇路に逃げた
排気圧でバカデカいインペラーを回します。
きっと、操縦席に近いことから、キーンと言う
金属高速回転音が出たでしょう。

なお、ここ一番、吸気圧がドカンと欲しい場合は
レバー2で手動へと動かし、レバー3で手動で
吸気圧力を固定で変えることが出来ます。

もちろん、インペラーの加速度防止装置も付いて
います。
動作原理はインペラーが公称回転数を超過しないように
遠心調速器でリリーフバルブを解放する仕組みです。


では
 

Re: 爆撃ノ要諦ハ長機カラ目ヲ離サヌニアリ

 投稿者:A6M232メール  投稿日:2016年12月23日(金)23時03分41秒
返信・引用
  > No.9441[元記事へ]

にゃんきちさん、凄い!

これはズバリの物を感謝致します(^^)

にやんきちさんの妄想と同じで、本来発動機管制器に着くべきプロペラの手動・断・恒速とフルフェザーが独立していますので、キ六七・キ七四辺りでは?なんて妄想しています(^^ゞ

 

爆撃ノ要諦ハ長機カラ目ヲ離サヌニアリ

 投稿者:にゃんきち  投稿日:2016年12月23日(金)10時02分0秒
返信・引用
  > No.9440[元記事へ]

>A6M232さん

編隊指揮信号器操作盤とは、なんとも珍しいものをお持ちですね。
諸兄には既にお分かりのことと思いますが、朝、ヒマであったワタクシより
若干解説です。

陸軍の編隊指揮信号器は双軽や九七式については
手動式(三つの独立スロットルでワイヤーと滑車で引くタイプ)なのですが、
本品は電気式のようなので百式、四式重爆で使用されたタイプでは
ないでしょうか(もっと調べろって?黒エナメル塗装とラジウムが良いですね)。

編隊指揮信号器操作盤というのは、重爆クラスですと操縦席ではなく
爆撃手が座る爆撃席に設置されますが、この操作盤は爆弾投下のタイミングと
間隔を僚機に指示するものです。

具体的に四式重爆を例にとるなら下の青図の様に方探のレドームの後方に
ズレながら先頭 赤、白、青の順番で信号灯が配置され、重爆連合(爆撃編隊)を
▲で組んだ際に、最先頭に位置する長機のみがこの信号灯を操作します。

電気式信号灯とは言え、実はランプではなく機外に設置された色付のボードを
出し入れをするもので、操作盤には入・出があります。

ボードとしているのは、当時の電球はLEDではありませんから、輝度は高くないので
日中の点灯はどの色でも殆ど見えないからです。

爆撃の要地に来たら、長機はこの信号灯(ボード)の組み合わせで
僚機に爆撃指示(一斉かX秒間隔か、ゼンマイ式の爆撃操作盤で
細かくセットできます)をします。

(ここから妄想)プロペラ管制器がセットされているのは、爆撃時には
爆撃手が機体のコントロールが出来る機体も多いことから、
要地の爆撃目標は一点なので、重爆にあっては投下時点の速度を落とすため、
フルフェザーにして推力ゼロにするのではないでしょうか。

では!

 

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